下さい」
「そうどすか。そやったら、どうぞええ時およびやしておくれやす」お今さんは、そのまままた静かにさがっていった。
時刻はだんだん移って、障子開けてそうしているのが冷えすぎるくらいに夜も更《ふ》けてきた。ああ言っていったが、女はいつになったら本当に使いをよこすだろう。もう、そろそろここの家《うち》でも門を締めて寝てしまう時分である。もしこのままに放棄《ほう》ってしまうようなことでもしたら、どうしてやろう。いっそ、このまま床を取らして寝ておろう。生なか目を覚《さ》まして起きていると、そのことばかり思って苦しくていけない、眠って忘れよう。そんなことを思いながら、またうとうとしているところへ、廊下を急ぐ足音にふと目を覚まされると、女中が襖《ふすま》の外に膝《ひざ》をついて、
「お手紙どす」と、いって渡す封書を手にとってみると、走り書きの手紙で、「先ほどは失礼いたしました。まことにむさくるしいところなれど一しょにおこし下されたく候《そろ》。あとはおめもじのうえにて」と書いてある。状袋を裏返してみたが、処《ところ》も何も書いていない。
「お今さん、どんな使いがこれを持ってきた」女中に訊ねると、
「さあ、わたし、どや、よう知りまへんけど、何でも年とった女の人のようどした」
「年とった女。まだ待っているだろうな」私にはすぐには合点がゆかなかった。
「へえ、待ってはります」
それで、急いで玄関のところに立ち出てみると、門の外にいるというので、また玄関から門のところまで、長い敷石の道を踏んで出てみると、そこには暗がりの中に彼女の母親が佇《たたず》んでいた。
「あっ、おかあはんですか。お久しゅうお目にかかりません」と思わず懐かしそうにいった。使いが母親であったので、私はもう、すっかり安心して好い心持ちになってしまった。
「えらい御返事が遅うなって済まんさかい、ようお詫《ことわ》りをいうておくれやすいうて、あの娘《こ》がいうていました」母親は、門口の、頭のうえを照らしている電燈の蔭《かげ》に身を隠すようにしながらいう。
「どうも、こんな夜ふけに御苦労でした。じゃすぐ一緒に行きますから、ちょっと待っていて下さい、私着物を着てきますから」
私はまた座敷に取って返して衣服を更《あらた》め、女中には、都合で外へ泊ってくるかも知れぬといい置いて、急いでまた出て来た。
「お待ちどおさま。さ
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