出てから昨日は遠くに見た靈仙山が今日は長濱から彦根につゞく坂田郡の平野の彼方に天を衝いて盛り上つてゐるのが見える。彦根の城閣も朝霧の中に朦朧とした輪廓を見せて來た。その少し左の方に佐和《さわ》山の城址も見えてゐる。
 今まで忘れてゐた右舷の方の湖上に眼を放つと、多景《たけ》島がやゝ近くに岩の上に立つてゐる堂塔の形を見せてゐる。沖の白石はその眞西にあたつて、今日も白帆を集めたやうに水の上に浮いてゐる。今日は一昨日に倍して湖の上が一層和やかで、平滑な水の面は油を流したやうにのんびりとして沖の方はたゞ縹渺と白く煙つてゐる。天氣が好いと見たか湖西の方の水面には幾つも帆舟がかゝつてゐる。船が彦根を出るとボーイに誂らへて置いた辨當が出來たので、それを甲板に持つてこさせて湖上を展望しながら食べる。そこから奧の島の伊崎不動のあたりまでは三四十分ばかりの間左舷の風景が稍※[#二の字点、1−2−22]單調なので、今のうちに少し微睡をとつて頭を休めておいて、奧の島が近づいて來た時分に起きようと思つて室に入つてシャツと股引ばかりになつて長く寢そべつてゐると、相客は一人もゐないで、いゝ心地にづる/\とまどろむこ
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