、どんなに金を山ほど積んでもますます、金では済まされないということになる。けれども、そんな者が、もしあっては、彼女が私に対してとかく真実のある返答を避けようとするのもそのはずである。よし、それならこちらにもそのつもりがある。
「私は金が取り戻したいなどとは少しも思っていない。けれども、あんたが真意を打ち明けて、私のところに来てくれようという心が全くないものなら、私もあり余る金ではないから、それで済ますというわけには行かぬ。金でも返してもらうよりしかたがない」
「ほんなら何ぼお返ししまよ」
 女は本当に金を返す気らしい。
 そうなると、やっぱり自分は元々金よりも女の方にあくまで未練があるので、口の中で言い澱《よど》んでいると、女は重ねて、
「なんぼでよろしい」と、いって、こちらの意向を測りかねたように私の顔を見守りながら、
「私もそうたんとのことは出来まへんけど、何ぼくらいか、言うてみとくれやす」
 女が金で済まそうとするらしい意向が見えればみえるほど自分は、この女は金銭などには替えられない、自分にとっては何物にも優《まさ》る、欲しい物品であるのだと思うと、どんなにしても自分の所有《もの》にしたい。
「私は金は返して欲しいとは思わない。けれどもあんたが金を返して私との約束を止めようというのなら、私は初めから上げた金を全部返してもらう」
「初めからの金て、どのくらいどす」
「それは、あんた自分でも知っているはずだ。いつかの手紙にも書いたくらいはあるだろう」
 すると、女はむっとして、
「わたし、そんなに貰うてえしまへん」と白々しそうに言う。
「いや、たしかにそれくらいは来ているけれども幾度もいうとおり私は金は一文も返してほしくはないのだ。ただ、あんたが私のところに来てくれぬというなら、それを皆な戻してもらわねばならぬ」
 すると、女はまた棄て鉢のようになって、
「もうあんたはんの心はようわかりましたから、ほんなら返します。私も御覧のとおりどすよって、一度にはよう返しまへんけど追い追いにお返しします。……おかあはん、これ、あそこヘ持っていとくれやす」と、ぷりぷりしながら、突然|起《た》ち上って、やけに箪笥の抽斗をあけて、中から唐草《からくさ》模様の五布風呂敷《いつのふろしき》を取り出してそこに積み重ねていた衣類をそれに包んだうえに、またがちゃがちゃと箪笥を引き出して、ほかの品物まで入れ足そうとする。どこかへ持って往《い》ってすぐ金を融通しようというのであろう。
 私はすこしも金など欲しいとは思わないので、飛んだことになったと、はらはらしながら、眉《まゆ》に皺《しわ》を寄せて宥《なだ》めるように、
「これ、何をするの。そんなことはしないがいい。そうしてせっかく出来ている物をそんなことをしないでもいいじゃないか。私はお前から金を戻してもらいたくないのだ」
と、手を差し出して女の手を捉《と》らんばかりにしていうと、彼女はそれには答えず、「おかあはん、これすぐ持っていとくれやす」と、荒々しく風呂敷を包んでいる。
 私は、母親はどんな心持でいるのかと、そっちを振り顧《かえ》ってみると、母親は次の間の火鉢の傍で人の好さそうな顔をして、微笑しながら娘のすることを黙って遠くから見ているばかりである。そして、女が幾度も急《せ》き立てるように、
「持っていとくれやす。さあ今すぐ持っていとくれやす」というのを、母親は「ええええ」とばかりいって、起とうとはしない。
 私は母親の火鉢の前に立っていって、
「おかあはん、どうぞ持っていかないようにして下さい」
というと、母親はうなずきながら、
「ええ、心配せんとおいとくれやす。またあとであの娘《こ》によういいますよって」と、事もなげに笑っている。
 彼女はまるで母親と私と二人に向ってだだを捏《こ》ねるように、なおしばらくの間、
「はよう持って往《い》とくれやす」と、幾度も母親を催促していた。
 女の機嫌《きげん》を傷つけてしまったので、どうか、そんな衣類の入った大風呂敷などを外に持ち出すような浅ましいことをしてくれなければよい、ここへ初めて来た夜彼女がいったように、長いことあんたはんにもお世話かけましたお蔭《かげ》で、私もちょっと楽になったとこどす。というのが本当ならば、せっかくいくらか幸福《しあわせ》になりかけている彼女の境遇を、そんなことをして、また情けない思いをさせたくない。それにしても、自分から少しは楽になったといっているのだから、もう借金もそう多くあるはずがない。なぜこの女は私に真実の心を明かさないのであろうか。
 それで、私はしばらくそこにいない方が女の焦立った気分を和らげるによかろうと思って、重ねて、母親に風呂敷包みなどを持ち出さぬようにいいおいて、そのまま外に出ていき、東山の方をぶらりと一とまわりして帰って来た。

     二

 唐草模様の五布の風呂敷はそのまま箪笥の上に載せてその後三、四日は目についていたが、私の知らぬ間に、外に持ち出したのか、それとも中の物をまた箪笥に蔵《しま》ったのか、やがていつものところに見えなくなった。そして、それに懲りて私は、彼女の体の解決のことについては幾ら心に思っていても口には出さなくしていた。母子《おやこ》の間ではどんな話をしていたか知れぬが、女の気持もすぐまたもとのとおりになった。それのみならず、そのことがあった夜、母親が長く外に出ていって帰らなかったので、風呂敷包みを持ち出したのかと思って気をつけると、それは無事にあるので、そうでもないと思って安心していた。すると、その翌日《あくるひ》母親は、娘がちょっと主人のところへ帰ってくるといって、出ていって留守になっている間に、
「昨日《きのう》はえらい、お気の毒どした」と、次の間の長火鉢のところから声をかけた。私は、
「お気の毒て、何のことです」と、そちらを振り向くと、母親は微笑しながら、
「あの娘《こ》があんな我儘《わがまま》いうて、あんたはんに、えらい済まんことどした」
「なに、そんなことはちっとも心配いりません。機嫌さえ直ればいいです」
 母親はそれでも腹から憂わしげな顔をして、
「わたし、もう心配で。あの娘が、あのとおりあんまり我儘いうて、あんたはんに後で愛想尽かされるようなことがありゃしまへんかと思うて、心配でならんどすさかい、昨夜《ゆうべ》あとであちらの主人のところへ相談に往《い》て来ましたのどす。そしたら、あちらの姐《ねえ》さんのおいいやすには、お母はん、なんもそないに心配することはない、そんなこというて、あんたはんに甘えるんやさかい、構わんとおきやすいうてくりゃはりましたけど、私はそれが心配になって、ゆうべも、よう寝られしまへんのどす。ほて、お母はん一遍本人を越《おこ》しやす、私からよう言うて聴かすさかい、いうておくれやすので、それで今日あの子もちょっと屋形《やかた》へいとります。また姐さんから、あんじょう言うて聴かしておくれやすやろ思うてますけど」
 私は母親が正直そうにそういって心配しているのを聴くと、ひとしお打ち解けた好い気持になって、
「どうぞ、そんなに心配しないで下さい。だだを捏ねているのはよくわかっているんです」
といって、自分も一緒に笑っていたが、そのついでに前日女に向って訊いたようなことを重ねて母親に話しかけてみたけれど、
「さあ、どないなっていますことどすか、私はこうしてあの娘《こ》に養うてもろうてる身どすさかい、何もかもあの娘がひとりで承知してるのどすよって、あんたはんから、また機《おり》をお見やしてよういうて聴かしとくれやす」といって、彼女自身では、娘の体のことについての金銭の出入りのことなど委しく知らぬような口ぶりであったが、
「屋形の主人さんもあんたはんのことを昨夜もそういうてはりました。おかあはん、その方大事にしてお上げやす、自分で来ずと、金だけ長い間送って越すというのはよほど量見が広うないと出来んことやさかい。そない言うてはりました」
 母親はそういって、私を喜ばすようなことをいっていた。私もそのとおりに聴いていた。
 今日はついでに花にでも行くのかと思っていたら、女はその晩屋形から早く戻ってきたが、昨日から何となく沈んで眉根を顰《しか》めたようにしていたのが、帰ってくると、にわかに打って変ったように好い気分になっていた。
 私も、二人が大事にしてくれるからといって、あまり好い気になって、いつまでもそこにいては外聞もあるし、母子の者が迷惑するであろうとは思いながらも、居心が好いので、すっかり心が落ち着いていた。女も打ち融けて、よく、私が凭っている机の傍に来て坐って、自分もそこで楽書きなどをしたりしてよく話していた。そして、そこが居心地の好いことを私がまたしても繰り返していうと、
「そんなによかったら、ここをあんたはんのまあにしときまひょうか」
「まあとは。……ああ間《ま》か、ああどうぞ居間にしておいてもらいたい」
などといっていたが、日は瞬く間に経《た》って、そこに来てから半月ばかりして、私は六月の中旬しばらく山陰道の方の旅行をしていた。けれど、梅雨《つゆ》のころの田舎《いなか》は悒欝《うっとう》しくって、とても長くは辛抱していられないので、京都の女のいる二階座敷の八畳の間が、広い世界にそこくらい住み好いところはないような気がするので、いずれ夏には紀州の方の山の上に行くつもりではあるが、一週間ばかりして、またそこへ舞い戻って来た。
 その日は欝陶《うっとう》しい五月雨《さみだれ》のじめじめと降りしぶいている日であった。ステーションからすぐ俥《くるま》で女の家に帰って来て、薄暗い入口をはいって、玄関から音なうと、階下《した》の家主の老女はもとより、上も下も家中みんな留守と思われるほどひっそりとしている。それでも黙って上がって行くのは厚かましいようで、二、三度大きな声をかけると、やがて階段を下りて来る足音がして、外から開《あ》かぬように、ぴたりと閉《し》めた奥の潜戸《くぐり》の彼方《むこう》で、
「どなたはんどす」という、母親の声がする。
「私、わたしです」というと、潜戸をそっと半分ほど開けながら母親が胡散《うさん》そうに外を覗《のぞ》くようにして顔を出した。そして、その瞬間、先だって中の待遇から推して期待していたような、あまり好い顔をして見せなかった。
「私です。今帰りました」というと、
「ああ、あんたはんどすか」といったが、「さあお上がりやす」というかと思っていると、「ちょっと待っとくれやす。今ちょっとお客さんどすよって」
といって、ちょうど留守でいない階下の家主の老婆の表の六畳の座敷に案内して、「どうぞちょっとここでお待ちやしてとくれやす」といって、私をそこに置いといて、間《あい》の襖《ふすま》をぴしゃりと閉めて、自分は二階へ上って行った。
 するとしばらく待つ間もなく母親と入れちがいに女がそこへ入って来て、笑顔を作りながら、
「おかえりやす」と懐かしそうにいって、私の膝《ひざ》の前に近く寄ってぺったり坐った。そして二言三言口をきき交わしているうちに、客というのが襖の外の茶の間を通って、中庭から帰ってゆくと思われて、母親も後から入口まで送って出たらしい。私は、何の気もなく、どんな人間が帰ってゆくのかと思って、ちょっと起ち上がって縁側の障子を開いて、小さい前栽《せんざい》と玄関口の方の庭とを仕切った板塀《いたべい》の上越しに人の帰るのを見ると、蝙蝠傘《こうもりがさ》を翳《かざ》して新しい麦藁《むぎわら》帽子を冠《かぶ》り、薄い鼠色《ねずみいろ》のセルの夏外套《なつがいとう》を着た後姿が、肩から頭の方の一部だけわずかに見えたばかりで、どんな人間かよく分らなかった。
 そこへ母親も入って来て、
「お帰りやす」と、今度はいつかのとおりに愛想のよい調子で、あらためて挨拶《あいさつ》をしながら、「今ちょっと知った呉服屋さんが来てましたので、あんたはんまた顔がさすと悪い思うて、ちょっとここで待ってもらいましたんどす。……階下《した》のお婆さんも今日は出やはりま
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