静に復《かえ》っていた自分はまた感情が激してきて、
「金のことをいわんとおいてくれて、私は好んで金のことをいいたくはない。けれども出来ぬ中から無理をして出来る限りのことをして上げたというのは、そこに、とても一口では言い尽すことのできぬ私の真心が籠《こ》もっているからじゃないか。何も金が惜しいのでいうのじゃない」
 女はやっぱり箪笥に凭《よ》りかかりながら、
「それはようわかってます。……そやからお金をお返ししますいうてます。何ぼお返ししまよ」
「いや、私は金が返してほしいのじゃない。今お前がいうように、私がこれまでしたことが、ようわかっているなら、少しも早くその商売を止《や》めてもらいたい」
 女はそれに対して確答を与えようとはしないで、
「お金をお返ししさえすりゃ、あんたはんに、そんな心配してもらわんかてよろしいやろ」
 私の静まりかけている心はまたしても女の言いようで激してくるのであった。
「お前は、お金をどれだけか私に戻《もど》しさえすれば、それで私と今までのことが済むと思っているのか」
 私は金を返そうと主張する女の心の奥に潜んでいる何物かをじっと疑ってみた。それで、そうなれば
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