、どんなに金を山ほど積んでもますます、金では済まされないということになる。けれども、そんな者が、もしあっては、彼女が私に対してとかく真実のある返答を避けようとするのもそのはずである。よし、それならこちらにもそのつもりがある。
「私は金が取り戻したいなどとは少しも思っていない。けれども、あんたが真意を打ち明けて、私のところに来てくれようという心が全くないものなら、私もあり余る金ではないから、それで済ますというわけには行かぬ。金でも返してもらうよりしかたがない」
「ほんなら何ぼお返ししまよ」
 女は本当に金を返す気らしい。
 そうなると、やっぱり自分は元々金よりも女の方にあくまで未練があるので、口の中で言い澱《よど》んでいると、女は重ねて、
「なんぼでよろしい」と、いって、こちらの意向を測りかねたように私の顔を見守りながら、
「私もそうたんとのことは出来まへんけど、何ぼくらいか、言うてみとくれやす」
 女が金で済まそうとするらしい意向が見えればみえるほど自分は、この女は金銭などには替えられない、自分にとっては何物にも優《まさ》る、欲しい物品であるのだと思うと、どんなにしても自分の所有《もの
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