》にしたい。
「私は金は返して欲しいとは思わない。けれどもあんたが金を返して私との約束を止めようというのなら、私は初めから上げた金を全部返してもらう」
「初めからの金て、どのくらいどす」
「それは、あんた自分でも知っているはずだ。いつかの手紙にも書いたくらいはあるだろう」
 すると、女はむっとして、
「わたし、そんなに貰うてえしまへん」と白々しそうに言う。
「いや、たしかにそれくらいは来ているけれども幾度もいうとおり私は金は一文も返してほしくはないのだ。ただ、あんたが私のところに来てくれぬというなら、それを皆な戻してもらわねばならぬ」
 すると、女はまた棄て鉢のようになって、
「もうあんたはんの心はようわかりましたから、ほんなら返します。私も御覧のとおりどすよって、一度にはよう返しまへんけど追い追いにお返しします。……おかあはん、これ、あそこヘ持っていとくれやす」と、ぷりぷりしながら、突然|起《た》ち上って、やけに箪笥の抽斗をあけて、中から唐草《からくさ》模様の五布風呂敷《いつのふろしき》を取り出してそこに積み重ねていた衣類をそれに包んだうえに、またがちゃがちゃと箪笥を引き出して、ほか
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