んにあの娘《こ》の借金がおすがな。あんたはんも私のところにおいやした時に、何度もあの娘に訊いておいやしたやおへんか、まだたんとの借金おした。その金を返さんことには、あんたはん松井さんかて、あの娘を廃めさしてくりゃはりゃしまへんがな」真顔でいう。
「その借金を五百五十円今度親類から出してもらったのだ」傍の男が後を受け取って言う。
 私には、どうも、はっきり腑《ふ》に落ちぬ。
「へえ?……しかし、この間私が松井へ行って、お繁さんに会って訊いた時には、そんなに借金はもうなさそうな口ぶりであったが」
「あの人何も知らはりゃしまへん。ないどころか、まだ仰山あって、あの娘はそんな病気になる……親一人、子ひとりの私の身になったら、あんたはん、泣くに泣かりゃしまへんがな。それで南山城《みなみやましろ》の旧《ふる》い親類に頼んで、証文書いて、それだけの金を今度貸してもろうたのどす」母親は、傍の男にも訴え顔にいう。
 私は、黙ってそれを聴いていたが、なるほど彼女たちの先祖はもと府下の南山城の大河原《おおかわら》というところであったとは、自分が女を知って間もない時分から聞いていることであった。その大河原とい
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