って癒してやりましょう。しかし、さっきのお話で銭を五百円出せというのはどういうわけです?」
 きっぱり、そういうと、その男はまたうなずいて、妙な東京弁を交えながら、
「うむ、そりゃ君の心持も私にはようわかっている。だから、病気になったことについては、情状を酌量《しゃくりょう》して、どうしてくれとは言わぬから、女のことは諦《あきら》めてもらいたい。それでも、どうしても君の方へ連れて来たいというなら、五百五十円か、それだけの金を君の方から出してもらわねばならん。その金が出来るか」
 人を馬鹿扱いにして宥《なだ》めるような、また足もとを見透かして軽蔑《けいべつ》したようなことをいう。私は、情状を酌量するもあったものではないと心の中でその浅薄な言い草を腹を立てるよりも笑いながら、
「へえ、五百何十円! それはどうした金です?」と訊き返しながら、今までさんざん人を騙して、金を搾《しぼ》れるだけ絞っておきながら――もっとも本人は何にも知らずにいるのかも知れぬが――どこまで虫の好いことを言うと思った。
 すると、母親はまた興奮した顔で傍から口を出して、
「その金はどうした金て、あんたはん、まだ松井さ
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