うのは関西線の木津川の渓流《けいりゅう》に臨んだ、山間の一駅で、その辺の山水は私のつとに最も好んでいるところで、自分の愛する女の先祖の地が、あんな景色の好いところであるかと思うと、一層その辺の風景が懐《なつ》かしい物に思われていたのであった。そして女の祖父に当る人間が、彼女の父親の弟分にして、も一人他人の子を養子にしていたが、祖父が死に、今からざっと三十年も前に父親が一家を挙《あ》げて京都に移って来る時分に、所有していた山林田畑をその義弟の保管に任しておくと、彼はその財産を全部|失《な》くしてしまい、自分は伊賀の上野在の農家に養子に行って、なお存命である。ほかに兄弟とてなかった父方の親類といえば言われるのはそこきりで、血こそ繋《つな》がっていないが今でも親類づき合いをしているのであった。……それだけのことはたびたび母子の者から聴かされて自分も知っているが、その他に南山城に、不断親しい往来をしないでいて、突然金を貸してくれるようたところがありそうに思えぬ。
「ヘえ?……そんな親類があるのですか。伊賀の上野にはあると、あなた方から私もかねて聞いていたが」と、私が訝《いぶか》しそうにいうと、
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