どすさかい、この間からえらい病気でむつかしい言うて息子はんたち心配してはりますところへ、知った人さんから頼まれて私が付添いに来てますのどす。そしてあの娘は遠いところの親類に預けてしまいました」母親がおろおろ声で誠しやかにそういうので、私は心の中で、道理で、取ってもつかぬ飯田という表札が出ているのである。そして、そんな精神に異状のある、たった一人きりの娘の傍に付き添うていないで、他人の年寄りの病人に付き添うているのを不思議に思いながら、
「遠い親類に預けた!……あんた、そしてまたなぜ傍に付いて介抱してやらないのです?」
「あんたはん、私が傍について介抱してやりとうても、あの娘《こ》がそんな病気で、たんとお金《かね》がかかりますよって、私が人さんの家へ雇われていてでも少しくらいのお金を儲《もう》けんことにはどもならしまへんがな」母親は泣くようにいう。
 私はつくづくと彼ら母子《おやこ》の者の世にも薄命の者であることを思いながら、眉《まゆ》を顰《ひそ》めるようにして、
「あんた、銭《かね》を儲けなければならないなんて、それは何とか出来るじゃありませんか。あんたただ一人きりの大切な娘がそんな一
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