れないためにほとんど京都中を探《さが》して歩いていたことを怨《うら》みまじりに話して、
「そして、今少しは良い方なのですか、どんなです? 私も一遍様子を見たいです」と、いうと、母親は、それを遮《さえぎ》るような口吻《こうふん》で、
「今もう誰にも会わしてならんとお医者さんがいわはりますので、どなたにも会わせんようにしています。仲の好い友達が気の毒がって、見舞いに行きたいいうてくりゃはりますのでも、みんな断りいうてるくらいどすよって。あの病気は薬も何もいらんさかい、ただじっと静かにしてさえおけばええのやそうにおす。この二、三日やっとすこし落ち着いて来たとこどす」
「ああそうですか。何にしても心配です。……そして、今ひとりで静かに寝ていますか」私は、どうかして、よそながらにでも、そうっと様子を見たそうにいうと、母親は、また一生懸命に捲《まく》し立てるような調子で、
「ほて、今、京都におらしまへんのどす」
「えッ、あそこに寝ているんじゃないんですか。そして、どこにいるんです?」
「違います。あそこは、あんたはん、よその金持ちのお婆さんがひとりで隠居しておいでやすところどす。もうお年寄りのこと
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