たとも分らなくなった女の身の上が、今は可愛《かわい》い、いじらしいというよりも、その可愛い、自分にとっては、自分がこの世に生存している唯一の理由でもあり楽しみであると思っていた女が、自分が一、二度会ったことのある男とも知っていたのであったのであったかということのみが、胸の中一杯に蔓《はびこ》って、これほど愚かしいことはない、何の因果で、あの女が思いきれぬのであろうと、自分の愚かしさを咎《とが》めつつも、やっぱり思いきることが出来ず、その愚かしい煩悩《ぼんのう》に責め苛《さいな》まれる思いをしながら、うかうかと道を歩いていた。
そこから祇園町の一郭をちょっと出はずれると女の先《せん》にいたところまではすぐなので、たとい今はもうそこにいなくなったにしても、その階下《した》の家主の老婦人は性格《たち》の良い女性《おんな》であるから、その人に会って訊ねたならば、もしや知っているかも知れないと思って、一旦戻りかけた足をまたそちらへ向きかえて、そこの暗い路次の中に入ってみたが、門は堅く締っていて、あたりはいずこももう寝静まっている。
「ああ、われながら愚かしい。今時分この辺に起きている家もないは
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