を好い思いきり時に、いっそここで、これっきり女を綺麗《きれい》さっぱりと思い断《き》ってしまおうか、そうすると、この心の悩ましさを解脱することが出来て、どんなに胸が透くであろう。そして決然としてすぐにも東京へ帰って行って、多年女ゆえに怠っている自分の天職に全心を傾倒しよう。どうかして、そういう心になりたい、と思いながら、私は、膝《ひざ》の前に置かれたそれらの男からの手紙をじっと見つめながら、封の中にどんなことを書いてあるのか、出来ることならば、封を切って中を読んでみたいように思った。差し出したところを見ると、どこか地方に行っていて、その旅先から出したものらしいから、その男も、女が気が変になって、商売を廃めてこの土地から消え失《う》せたことは知らずにいるのであろう。……私がそうして、じっとそれらの封書に見入っているので、お繁はどう思ったか、
「この人はほんの五、六度知ってるだけどす。私もちょっと顔を見て知ってます。あれはどこのお客やったか」と考えるようにして、
「たしか、井の政のお客やったと思う。去年の春からのお客どした。……こうして人さんの手紙どすさかい、中を読んで見るわけにもいきまへ
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