かっておきました」
といって、彼女は奥に立って往き、三、四本の、女にあてて来ている封書を、私から越《おこ》したのと一緒に持って出てきた。それを見ると、中の一つは自分のちょっと知っている、ある男からの文《ふみ》であった。私は、それを一目みると何とも言えない厭《いや》な気持になって、「あの人間が!」と、ちょうどウロンスキイが、自分の熱愛しているアンナの夫のカレニンの風貌《ふうぼう》を見て穢《けが》らわしい心持になったと同じような気がして、その瞬間たちまち、自分が長い年月をかけて宝玉のごとくに切愛していた彼女が終生いかんともすべからざる傷物になったかのように思われて、またもやがっかり失望してしまった。女がいなくなったことがすでに自分には生命《いのち》を断たれたと同じ心地《ここち》がしているのに、自分が一面識のある人間とも知っていたのかと思うと、私はあまりに運命の神の冷酷やら皮肉やらを悲しみかつ嘆かずにはいられなかった。しかし、それも、皆な自分の愚かゆえである。こうした売笑の女に恋するからは、それはありがちのことである。西鶴《さいかく》もとうの昔にそれを言っている。今こんなことがあると知ったの
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