いになったのどす」と率直にいう。
「へえ、気狂いになった!」私は、しばらく呆然《ぼうぜん》として対手《あいて》の顔をじっと見つめていた。
「一体どうして、そんなことになったのです」
 お繁婆さんが話して聴かすところによると、先月の末か今月の初めごろ、彼女も、瞬《またた》く間に流行してきた流行感冒に襲われて一時は三十九度から四十度近い発熱で心配するほどであったが、熱は間もなく下り、風邪も一週間くらいで癒《なお》るにはなおったが、すっかり熱が除《と》れて、ようよう起き上がることが出来るようになった時分に、ふっと間違ったことを口に言い出した。初めは皆なも、平常《ふだん》から、あんな温順《おとな》しいに似ず、どうかすると、よく軽い戯談《じょうだん》などを言ったりすることもあるので、
「お園さん、何いうてはるのや」と、笑って、いつもの戯談かと思っていると、本人はあくまでも真顔でいるので、これは、どうもいつもとは少し様子が違って変だなと思っていると、彼女はだんだん妙な違ったことをいうようになった。そして眼つきがおそろしく据《すわ》ったようになって、そうなくてさえ、平常から陰欝《いんうつ》になりがち
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