の顔が、一層恐い顔になった。家にいる他の妓《こ》たちはまたそれを面白がって、対手になって戯弄《からか》うと、彼女は生真面目《きまじめ》な顔をしてそれに受け応《こた》えをしているという有様である。
お繁さんはおかしそうに笑いながら、
「そんな具合でもう気の毒で見ていられまへんがな。ほて、もう、わたし、あんた方、そんなつまらんこと言うてお園さん戯弄《なぶ》らんとおいとくれやすいうて、小言いうてました」
私は、それを聴いて身にしみて悲惨を感じながら、じっと涙を飲み込むようにして、
「飛んだことになってしまったものですなあ」と、あとの言葉も出でずに黙って太息《ためいき》を吐《つ》いていた。
「もう、どだい、いうことがなってへんのどすもの」お繁婆さんは変なハイカラの言葉に力を入れていう。
そんな有様で、とてもこの先続けて商売など出来そうにないところから、母親のほかに西京《にし》の方にいるという母方の叔父《おじ》にも来てもらって、話を着け、お繁さんが附き添うて管轄の警察署へ行って、営業の鑑札を返納して来たというのである。お繁婆さんはなおおかしそうに、
「警察へいても、お園さん真面目な顔をして役人に怒鳴りつけるようなことをいうもんやから、わたし、傍に付き添うていてはらはらしてました」
私は思わず寂しい笑いを洩《も》らしながら、
「なるほどそういうわけじゃしようがありませんな。そして、今どこにいるでしょう」
「さあ、その時叔父さんに伴《つ》れられて帰ったきり、どこにいるのかそれなりでちょっとも音信《たより》がないそうにおす。わたしもそれから用事で大阪の方に往《い》てきまして、今日帰ったばかりのとこどすよって。今日も、あんたはんから訊かれる前に、お園さん、ちょっとも音信がないなあ、どないしてはるやろ言うて噂《うわさ》してましたところどす」
なるほど叔父のあることは前から知っていたけれど、私はなおもその叔父さんというのははたして真実《ほんとう》の叔父さんに違いあるまいかと疑ったので、念を押すように、
「叔父さんといって、その実旦那じゃありませんか。こんな土地じゃ、こう申しちゃ、何ですが、裏にうらがあるのが習わしですからな」と、捌《さば》けた調子で、対手の口うらを引いてみたが、お繁は言下に、
「あの人旦那なんてありゃしまへん。そりゃ本当の叔父さんどす」
「その叔父のいるところは
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