た。
そうなったら憎いが先に立って、私は翌朝《あくるあさ》起きてからもお宮には口も利かなかった。それでも主婦《おかみさん》が階下《した》からお膳《ぜん》を運んで来た時、
「御飯をお食べなさい」と、いうと、
「私、食べない」といったきり不貞くされたように沈み込んでじっと坐っている。
私も進まぬ朝飯を茶漬《ちゃづけ》にして流しこんだ後は口も利かずに机に凭《もた》れて見たくもない新聞に目を通していた。
「わたし朝鮮に行ってしまうよ」と、また泣き声でいった。
私は、勝手にしろ。朝鮮にゆこうと満州にゆこうとこっちの知ったことじゃない。と思いながらも、
「朝鮮なんかへ行くのは止《よ》した方がいいよ。私がどうかしてあげるよ」と、優しくいった。
「あなたにどうしてもらったってしょうがない」
そういういい方だ。
私は素知らぬ振りをしてややしばらく新聞を読んでいた。
お宮は黙って考え沈んでいる。するとだしぬけに、
「あなた奥さんどうしたの?」そんなことをいった。
「うむ、どっかへ行ってしまった」
「もうどっかへ嫁《かた》づいているの?……柳沢さんそんなことをいっていたよ」
それを聴いて私は
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