まいわねえ」と、いった。
「鳥安知っているの?」
「ええ、この間初めてお客に連れていってもらった。そりゃうまかったわ」
 こんなことをいっていたが、じゃ、その客は柳沢であったかと、私は思った。こういえば、お前にもすぐわかるだろうが、私といったら始終自分の小使銭にも不自由をしているくらいだが、柳沢は十円札を束にして懐中《ふところ》に入れて歩いているという話のあるほどだ。私が銭《かね》を勘定しいしいお宮と遊んでいるのに、柳沢は銭に飽かして遠くに連れ出すなり、外に物を食べに行くなりしようと思えば、したい三昧《ざんまい》のことが出来る。
 それで、私は、先だって鳥安につれてった客が柳沢であったということが分ると、もうお宮を取ってゆかれそうな気がして、また堪えられなくなって来た。
「そりゃいつごろのこと?」
「うむ、ついこの間さ」
 ついこの間といえば、いつのことだろう。先だってからお宮は、深い因縁の纏綿《つきまと》った男が、またひょっこり、自分がまたこの土地に出ていることを嗅《か》ぎつけて来たといって、今にもどこかへ姿を隠すようにいっていたのが、一週間ばかりして、また当分どこへもゆかないといっ
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