なに早く出てゆかれるものか」
「お前さんのような道理《わけ》の分らない人間は猫や犬を見たようなものだ。何だ教育があるの何のといって、人の娘を玩弄《おもちゃ》にしておいて教育が聴いて呆《あき》れらあ。……へんッお前さんなんぞのような田舎者《いなかもの》に江戸ッ児が馬鹿にされてたまるものか」
 まるで人間を見たことのない田舎の犬が吠《ほ》えつくようにぎんぎんいった。
 私は微笑《うすわらい》しながら黙っていた。
「あなた、今日出て行って下さい。……義兄《あに》さんのいうのが本当です。あなたが一体函根からまた此家《ここ》へ舞い戻って来るというのが違っているんですもの」そういって新吉の方に向いて言葉を柔らげて「私が出します。ほんとに義兄さんには多忙《いそが》しいところを毎度毎度こんなつまらぬことで御心配ばかりかけて済みません」
「ええ、いや。しかしおすまさんもおすまさんじゃないか。雪岡さんがいくら戻って来たってお前さんが家へ入れるというのがよくない……」
「ええ、それはもう私が悪いんです。そのこともこの人によくそういったんです。お急がしいところをどうも済みません。きっとこの人も出てゆきますから
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