切であったと、よく口癖のようにいっていたから、
「それはお前の先の亭主はそんなことをいってお前を可愛《かわい》がったか知れないが、俺はそんなことをいうのは厭《いや》だ」
と、いって笑ってやったら、その時お前は気嫌悪そうな顔をしながら笑った。でも、やっぱりその柄が気に入らないからといって、せっかく私とその呉服屋の息子とで見立ててこれが好いときめた物を、また他なのを子僧に持って来さして比べて見た。そしてやっぱり先のがお前にも気に入った。それから早速仕立てて着て見たら、「あなた、これはなかなか好い柄ですよ。姉のところに着て行ったら、『好いのが出来たねえ』って、引っ張って見ていました」
そういったじゃないか。
お宮がそのとおりだ。
たかがセルのコートを一枚買うのに、いろいろ番頭の出して見せる品物《もの》を、
「ああこれが好い!」と、手に取り上げているかと思うと、後から変った柄のが出ると、
「ああこの方がいいわ!」そしてまたそっちに手を出す。
「じゃ、その方に定《き》めたらいいだろう」と急くと、
「やっぱりこっちの方が好いわ」と、指を一本口の中に入れて考えたようにしている。私は番頭の手前
前へ
次へ
全100ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング