、私はせっかくの思いに連れ出していながら、独り足早にさっさっと先きに立って歩いた。
そんな風をした女をつれて松屋へ入って行くのが冷汗をかくようであったが誰れも知った人間に遭《あ》いはしないだろうかと恐る恐る二階に上ってゆくと、よくしたもので二階のすぐ上り口の鼻先に知った人間が夫婦《ふたり》で買い物をしている。私はちょいとお宮の袖《そで》を引っ張ってすうと物蔭に隠れてしまった。間もなくそれらが降りていったので私は恥かしそうに売場の番頭の前に安物の下着のようなめりんす友禅を着たお宮をつれて行った。
すると、お宮がちょうどお前と同じことだ。どうして女というものはああなんだろう。お前にいつか袷衣《あわせ》にするからといって紡績物の絣を買った時にどうだったろう、私が見立てて買って来てやったのを、柄が気に入らぬからといって、何といった?
「あなた、そんな押し付けるようなことをいうもんじゃないわ、何か買って来た時は――『お前にこんな物を買って来てやったが、どうだい、気に入るか』って、まず訊《き》くものよ」
そんなことをいった。あの時お前は、先《せん》の亭主《ていしゅ》は、それは深切であった、深
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