った手紙に、柳沢のことを一と口いってあった。それをどうかして柳沢の手に巻きあげられて見られるのが厭だ。そうかといってその手紙にも決してそんな悪口などをいってあるのではなかった。柳沢が私の蔭口をきき、また私の方でもちょうど柳沢のするとおりに柳沢の蔭口をいっているであろうとは、かねて柳沢が邪推しているのだが、私はこれまでそんなことは少しもない。しかるに高等地獄に与えたたった一本のその手紙ゆえに柳沢の平生の邪推を確実なものにするということが私には何よりも耐えられなかったのである。
「柳沢さんのところを、いくら訊いても教えないんだもの」
黙っている私に、おっ被《かぶ》せてお宮はまた毒づいた。
柳沢は、私が教えなかった心持ちを読んだような鋭い黒眼をしてにやりにやり笑っていた。
けれども柳沢とお宮との関係がどんなになっているかは、まだよく分らなかった。
柳沢は、お宮が私に向ってそんなに悪態を吐《つ》いている間もしょっちゅう意味ありげににやりにやりと笑ってばかりいた。
「もう帰ろう」私はお宮を促した。
「ええ」といったきりお宮は尻《しり》を上げようとはしなかった。
「あなたまだ社へ行かないの」
「まだゆかない」お宮は柳沢に対っては優しい口をきいている。
「おいもう帰ろう」しばらくしてまた私はお宮を促した。
「あなた帰るならお帰んなさい。私もっといるから」
私は、自分がもし一人で先帰ったら後で二人どんな話しをするか、それが気づかわれた。私は、お宮が柳沢とすでに二、三日前に三日も蠣殻町の待合に居続けして逢っていることをちっとも知らなかったのだ。
それでお宮にそういわれても私は一人で起《た》とうとせず、やっぱりお宮を促して待っていた。
「ああ帰ろう」と、いってお宮はとうとう立ち上りそうにした。
私はもう起ち上った。
「すぐ行くよ。あなた階下《した》に降りて待ってて下さい」
そういってお宮は何か柳沢に用ありそうにぐずぐずしている。
それを見ては、私もそこにいるのが気が咎《とが》めたからさっさっと降りてしまった。
やがて五分間ばかりしてお宮は降りて来た。そして私のいる加藤の家を出る時はろくろく挨拶《あいさつ》もしなかったお宮が柳沢のところの老婢《ばあさん》に対《むか》ってぺったり座って何様のお嬢さんかというように行儀よく挨拶をしていた。
いろいろな素振りで、私にはもうお宮の私と柳沢とに対する本心がわかったから、私は怨恨《うらみ》と失望とに胸を閉されつつ、どうかして私からお宮にやっている手紙を取り返すことに苦心した。
二、三日立ってからであった。私にはふとしたことから柳沢とお宮とがどこかで逢っているような気がしてたまらない。それで柳沢の家を覗いて見ると老婢《ばあさん》が一人留守をしていて柳沢はいない。いよいよお宮のところにいっているに違いないと思うと、ますます手紙のことが気になりだした。で、すぐその足でお宮を置いている家までやって行った。
八時ごろだったから売女《おんな》は大方出ていって家内《うち》は女中のお清が独り留守をしていた。
「お主婦《かみ》さんはどうしたの」といいながら私は例《いつも》の通り長火鉢の向うに坐った。
「おかみさんも今ちょっと出ていませんよ」
「宮ちゃんは今日どこ?」
「ちょっとそこまで行っています」
「今晩は帰らないだろう」
「ええ、帰りませんでしょうなあ」
私は、もうどうしても柳沢と逢っているに違いないような気がして来た。
「いつから行っているの?」
「もう大分前からですよ」
「大分前からって、いつごろから?」
「そうですなあ。もう一昨日《おととい》、その前の日あたりからでしょう」
「一人のお客のところへそんなにいっているの?」
「ええ、そうでしょう。私よく知らないんですよ。……あなた大変気にしているのねえ」
「気にしているというわけもないが、……どこの待合?」
「……さあどこか、私知らないのよ」
「お清さん君知らないことはないだろう。教えてくれないか」
「そりゃ言えないの」
「いえないのは知っているが、教えてくれたまえ」
そんなことを戯談《じょうだん》半分にいいながら、お清がお勝手口の方へちょっと出ていった間にふっと火鉢の上の柱に懸かっている入花帳《ぎょくちょう》が眼に着いたので、そっと取りはずして手早く繰って見ると、お宮が一昨日からずっと行っている待合が分った。
その待合は、いつか清月も柳沢に知れているから他にどこか好いところはないだろうかとお宮に相談したら、じゃ有馬学校の裏にこういう待合があるからといって教えてくれたその待合である。
「ははあ、じゃあすこに行っているな。すると柳沢と違うかな。それとも柳沢もそこへ連れ込んでいるのだろうか」
そんなことを考えながら、お宮のいっている先がそう
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