二つ三つというところまでおりて土間に私が突っ立っているのをちらりと見てとるとお宮は、
「あらッ!![#「!!」は第3水準1−8−75、373−上−7]」と、いったままちょっと段階《だんばしご》の途中に佇立《たちどま》った。そしてまた降りて来た。
その様子を見るとまた身体《からだ》でも良くないと思われて、真白い顔が少し面窶《おもやつ》れがして、櫛巻《くしま》きに結《い》った頭髪《あたま》がほっそりとして見える。
階段《はしごだん》を降りてしまうと、脱いでいた下駄を突っかけていきなり私の傍《そば》に来て寄り添うようにしながら、
「わたし病気よ」と、猫《ねこ》のようにやさしい声を出して、そうっと萎《しお》れかけて見せた。私は、
「この畜生が!」と思いながらも、自分も優しい声をつくって、
「ふむ、そうか。それはいけないねえ」と、いいつつまたお宮の頭髪から足袋《たび》のさきまでじろじろ見まわした。
春着にこしらえたという紫紺色の縮緬《ちりめん》の羽織にお召の二枚重ねをぞろりと着ている。
「こんな着物が着たさに淫売《じごく》をしているのだなあ」と思うと唾《つばき》を吐きかけてやりたい気になりながら、私は鳶衣《とんび》の袖《そで》で和らかにお宮を抱くような格好をして顔を覗《のぞ》いて、「おい、この下駄はだれの下駄?」と、男下駄を指さした。
「…………」
「おい、この下駄はだれの下駄?」
「それは柳沢さんの」
お宮は例《いつも》の癖の泣くような声を出した。
「そうだろう。……洋食屋で朝からお楽しみだねえ」
私は気味のいいように笑った。
「じゃあねえ、先だって君に話したとおり、もう君の心もよく分ったから、どうぞ私から上げてある手紙を返しておくれ」私は一段声をやわらげていった。
「ええ……」と、お宮は躊躇《ため》らうようにしている。
「おい、早くしてくれ。君たちにもお邪魔をして相済まぬから」
「じゃ、ちょっと待って下さい」と、いってお宮はまた二階に上っていった。
私は階下《した》でどかりと椅子《いす》に腰を落して火のごとく燃える胸をじっと鎮《しず》めていた。
二、三十分も経《た》ったけれど、まだお宮は降りて来ぬ。
どうしているのだろう。二階から屋根うらへでも出て二人で逃げたのだろうか。そうだったら後で柳沢の顔を見る時が面白い、それとも上っていって見ようか、いやそいつはよ
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