うと口に出されて見ると、私は木から落された猿《さる》といおうか何といおうか自分が深く思いつめていればいるほど、何ともいいようのない侮辱を感じた。私は、ありとあらゆるものから独《ひと》り突き放されたような失望と怨恨《うらみ》に胸が張り裂けるような気持ちがした。
そして「何だ。柳沢が好いといって、いわば現在|恋敵《こいがたき》の俺《おれ》のところに来ていて、ほろほろ泣き声を出す奴《やつ》があるものか」
と、私は怨めしい、腹が立つというよりも呆れかえっておかしくなって、何という見境もない駄々《だだ》っ児《こ》の、我儘《わがまま》放題に生まれついた女であろうと思った。
「勝手にしゃあがれ」と思いながらうっちゃらかしておいて私はさっさっと便処に行って来て床の中にもぐりこんで頭からすっぽり蒲団《ふとん》を被《かぶ》った。
「私も寝る」お宮はまたも泣き声でいいながら後からそうっと入って来た。
私はくるりと背《せな》を向けて寝た振りをしていた。そしてそのまま黙って寝入ってしまおうとしたが、胸は燃え、頭は冴《さ》えて寝られるどころではない。お宮の方に向き直って何か言わねば気が済まぬのをじっと息を詰めて耐《こら》えていた。やや三、四十分もそうしていたが、とうとう堪《こら》えきれなくなってお宮の方に向きなおりながら、
「お前|真実《ほんとう》に柳沢が好いの? 真実のことをいってくれ。僕怒りやしないから」
弱い声でいった。するとお宮は、
「ええ、柳沢さんが好いの」やっぱりさっきのような泣き声で返辞をした。
私は消え入るような心地になってじっと堪えていたが、果ては耐えられなくなっていきなり、
「ああ悔しい!![#「!!」は第3水準1−8−75、363−下−21]……思いつめた女に友達と見変えられた」といってかっと両子で頭髪《あたま》を引っ掻《か》いて蒲団の中で身悶《みもだ》えした。
するとお宮は、「おう恐《こわ》い人!![#「!!」は第3水準1−8−75、364−上−1]」と、呆れたようにいって蒲団の端の方に身を退《の》いて、背後《うしろ》に※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93、364−上−2]《ね》じ向いて私の方を見た。
私は、その時お宮と自分との間が肉体《からだ》はわずか三尺も隔っていなくっても互いの心持ちはもう千里も遠くに離れている仇《かたき》同志のような感じがし
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