おいて下さい。……」そういってお宮はまた黙りこんだ。
私は、あまりに人を馬鹿にしたわがままな素振りにかっとなったが、それでもじっと耐《こら》えてうっちゃっていた。するとお宮はどう思ったか、
「……柳沢さんは好い人ねえ」と、だしぬけにいった。
「うむ。……お前柳沢に逢《あ》ったの?」
「ほほほほ」お宮は莫蓮者《ばくれんもの》らしい妖艶《ようえん》な表情《かおつき》をして意味ありそうに笑った。
「逢ったのだろう」さっきからちょっとの間に恐ろしく相形《そうぎょう》の変ったお宮の顔を瞻《みまも》った。
「そりゃあ柳沢に逢おうと、だれに逢おうと、どうだって構わないのだが……」
「私、あなた嫌い!」
「そうか、そりゃああんまり好かれてもいないだろうが。嫌いな男のところへ無理に来てもらってお気の毒だったねえ。じゃこれから帰ってもらっても差支《さしつか》えないよ」
私はたまりかねた胸をじっと抑えながらいった。
「今晩これから柳沢さんのところへ二人で遊びにいって見ようか」
お宮は私を馬鹿にしたような横着そうな口の利きようをする。
「うむ。……お前一人行って見たらいいだろう」私は、お宮や柳沢のよく言う口ぶりでいった。
「あなた行かなけりゃ厭《いや》!」
「あなたが行かなきゃあッて。お前が自分でいって見ようと言ったんじゃないか」
「…………」
「いって来たらいいだろう。私はもう寝るから」
二時間ばかり、気まずい無言の時が過ぎた。
「さあ、どうするの。僕はもう寝るよ」私は、勝子にしゃあがれと思いながら促した。
「私も寝る。……あなたが行かないんだもん」
私は、それと聞いて何という気随な横着な女だろうと呆《あき》れながら、
「はははは、柳沢のところには私が何もゆこうといったのじゃない。お前が勝手にゆきたいといい出したのじゃないか」私は、不愉快をまぎらすようにわざと高笑いを発した。
お宮は私が立って床を敷いている間もじっと座ったまま何事か深い考えに沈んでいた。そしてだしぬけに、
「私、柳沢さんが好いの」と、泣き声を出した。
私はそれと聴《き》くと、どうせそんなことであろうとは思っていながらも、自分に対する欲目から、お宮の心は私に靡《なび》いていないまでも、まさか遠くに離れているとも思っていなかった。しかるにさっきからさも思い迫ったように柳沢の家《ところ》にゆきたがっていたあと、そ
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