あぐんでいたが、手紙もよこさなかった。堪《こら》えかねてこちらから手紙を出して見たが、それに対する返辞もない。とうとう耐忍《がまん》しきれなくって、その次の次の日に清月まで出かけて行った。
「この間私の留守のまに君来てくれたそうだけれど残念だった。何か用でもあったの?」
 面と向っても黙ったまま何とも口を利《き》かないので、私の方から口をきった。そして私は腹の中で、この女の勝手につけてはよく饒舌《しゃべ》りながら、気の向かぬ時は怒ったようにむっつりしているのを、柳沢によく似た女だなと思っていた。
「この間は用があったけれど、もう何にもない」
 まるで義理で口を利くような物の言いぶりをする。
「けれど来た時はどんな用だったの。それを聞かないと何だか気になってしようがない」
 私はやさしく訊いた。
「いったってしようがない」お宮はまた怒ったようにいった。
 それで私もその上|強《し》いて訊こうとはしなかった。そして横になってから、
「私、朝鮮に行くかも知れないよ」と、考え深そうにしていった。
「また例の男が何とかいって来るの」私はこの女を遠くに手放すのが惜しいようで、それをきくとたちまち失望を感じながら「そんなに朝鮮なんかへゆかなくたって、東京でどうかなるだろう」
「だってしようがないもの。もう女郎にでも何にでも身を売って、その金をやってこんどこそ縁を切ってしまう」
 そんな話しをしていても、さらばどうしたらばよかろうかとか、何とか私を頼《たよ》りに相談を持ちかけるという風でもないので、こちらもあっけなくって、勝手にしろと思って泊らずに早く帰った。
 四、五日たってから、加藤の内に来てくれるように電話をかけたけれど、留守であったり何かしていつものようにその日に来なかった。それでこちらからわざわざ蠣殻町まで迎えにいった。
「宮ちゃん、用があるとか何とかいっていましたよ。今いません」女中のお清《きよ》が一人いて、そういった。
 その時分は、私は清月にゆかずに、すぐお宮のいる家にいって、主婦やお清を対手《あいて》にしながら話し込むことがめずらしくなかった。
「雪岡さん、何にもありませんが御飯を食べませんか。宮ちゃんと一緒にお食べなさい」
 私は大きな餉台《ちゃぶだい》にほかの売女《おんな》どもと一緒に並んで御飯《めし》を食べたりなどしていた。
 お宮が外から帰って来たので、厭
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