久留米絣《くるめがすり》かなんかの羽織と着物と同じなのを着た。さっぱりした人よ。あの人よ、この間|鳥安《とりやす》に連れて行ってくれた人」
私はそれを聴《き》くと、またかっと逆上《のぼ》せて耳が塞《ふさ》がったような心地がした。
「そうだろう。あれが私の友達なの」
私はその言葉で強《し》いて燃え立つ胸を静めようとするように温順《おとな》しくいった。
「あははは」お宮は仕方なく心持ち両頬を紅《あか》く光らして照れたように笑った。が、その、ちょっとした笑い方が何ともいえない莫連者《ばくれんもの》らしい悪性《あくしょう》な感じがした。
それっきり私はしばらく黙ってまた独りで深く考え沈んだ。
つい先だって来た時にお宮と一処《いっしょ》に薬師の宮松亭《みやまつてい》に清月の婆さんをつれて女義太夫《おんなぎだゆう》を聴きにいって遅《おそ》く帰った時、しるこか何か食べようかといったのを、二人とも何にも欲しくない、
「あなた欲しけりゃ、家へ帰って、叔母《おば》さんに洋食を取ってもらってお食べなさい。おいしいのがあってよ」と、いって、清月の小座敷でお宮とそれを食べている時、
「鳥安の焼いた鳥はうまいわねえ」と、いった。
「鳥安知っているの?」
「ええ、この間初めてお客に連れていってもらった。そりゃうまかったわ」
こんなことをいっていたが、じゃ、その客は柳沢であったかと、私は思った。こういえば、お前にもすぐわかるだろうが、私といったら始終自分の小使銭にも不自由をしているくらいだが、柳沢は十円札を束にして懐中《ふところ》に入れて歩いているという話のあるほどだ。私が銭《かね》を勘定しいしいお宮と遊んでいるのに、柳沢は銭に飽かして遠くに連れ出すなり、外に物を食べに行くなりしようと思えば、したい三昧《ざんまい》のことが出来る。
それで、私は、先だって鳥安につれてった客が柳沢であったということが分ると、もうお宮を取ってゆかれそうな気がして、また堪えられなくなって来た。
「そりゃいつごろのこと?」
「うむ、ついこの間さ」
ついこの間といえば、いつのことだろう。先だってからお宮は、深い因縁の纏綿《つきまと》った男が、またひょっこり、自分がまたこの土地に出ていることを嗅《か》ぎつけて来たといって、今にもどこかへ姿を隠すようにいっていたのが、一週間ばかりして、また当分どこへもゆかないといっ
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