にしようと思っている清月に柳沢と一緒にゆくのは厭であった。
「じゃやっぱり彼家《あすこ》にしよう。……僕もあんまり行かない待合《うち》だがお宮を初めて呼んだ待合だから」
そういってお宮のいる置屋《うち》からつい近所の待合《まちあい》に入った。
「……宮ちゃんすぐまいります」女中は報《し》らせて来た。
「いたナ!」私は微笑しながらいった。
「うむ」柳沢は、わざと苦い顔をした。
「今日はどんな顔をしているか。この間、昼、日の照っているところへ連れ出したら顔の蒼白《あおじろ》いところへ白粉《おしろい》の斑《まだら》に剥《は》げているのが眼について汚《きたな》くってたまらなかった」
そういって柳沢は顔を顰めて、
「どう見ても高等|淫売《いんばい》としか見えない」
「芸者ともどこか違うしねえ」
「そりゃ芸者と違うさ。この間鳥安に連れていった時に鳥安の女中が黙って笑っていたが、これは淫売をつれて来たなと思ったのだろう。少し眼のこえた者には誰れが見てもすぐそれと分るもの」
柳沢はしきりにお宮のことを気にして話をする。柳沢がそんなに女というものに興味を持って話をするのは、まだ一緒に学校にいっている時から十年の余知っている仲だが、ついぞこれまでに聞かぬことである。
「これは、よっぽど執心なのだナ」と、私は、ますます柳沢の心が飲み込めて来るにつれて、どうしてもこれは吾々《われわれ》の間に厭な心持ちのすることが持ち上らずにはいない。困ったことだと、ひそかに腹の中で太息《ためいき》を吐《つ》いていた。
「それでもこの間|歌舞伎座《かぶきざ》の立見につれていってやったら、ちょうど重《しげ》の井《い》の子別れのところだったが、眼を赤くして涙を流して黙って泣いていた。あれで人情を感じるには感じるんだろう」
柳沢は、そのお宮の涙をしおらしそうにいった。
「歌舞伎座にもつれて行ったの?」
「うむ」
「いつ?」
「やっぱりこの間鳥安につれて行った時に」柳沢は済まない顔をして、そういって、ちょっとそこをまぎらすように「立見から座外《そと》に出ると、こう好い月の晩で、何ともいえないセンチメンタルな夜だった。僕は黙っているし、お宮も黙ってとぼとぼと蹤《つ》いて来ていたが、ふと月を見上げて『いい月だわねえ』と、いいながら真白い顔をこちらに振り向けた時には、まだ眼に涙を滲ませていて、そりゃ綺麗《きれい》
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