燕枝芸談
談洲楼燕枝(二代)
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)火事《しごと》師
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)随分|満足《うけて》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ばね[#「ばね」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ごろ/\
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○
本年三月十一日、私は寄席を引退するといふことを日本橋倶楽部で披露いたしました。その事は既に新聞でも御承知の通りでありますが、抑々私が噺家にならうといふ心持を持つたのはどういふ動機からであるか、先づそれからお話を初めたいと思ひます。
どだい私は芸人の家に生れたものでは無く親は三縁山増上寺の法衣の御用を足して居りまして、代々芝の仲門前に住んでをりました。ところが父の代に、親の恥を言ふのではありませんが、相場に引つかかりまして住み慣れた仲門前を私が三つの時に引払ひ、暫く浅草の方に住むことになりました。今の菊屋橋、南杉山町といふところでして、矢張り其処で法衣商をやつて居りました。私が十八の時に又二度目の相場の失敗で三筋町の方へ転居する事になりました。私は徴兵検査も済み、体格は甲の合格でありましたが、抽籤でまあ段々と国民軍へ編入される様な具合になつて了ひました。で、その当時身を立てることを考へたのですが、どうも商人になるには昔と違つて相当資本がなければ出来ませんし、官途に奉職するにしたつて矢張り相当の学校を出て居なければ用ひられもしない、人間此の世に生れて来てどうも余り名前も知られないで死んでしまふといふ事はつまらない話です。何か金もなく、学問もなくて、どうかまあ人にダースの人間でなく扱はれるものがなからうかと考へた末、役者にならうかと思ひましたが、役者も門閥と言ふ昔からの壁がある。今以てその門閥なるものが厳として残つてゐるのですから、急に出世も出来ないことは解りきつてゐます。では講釈師はどうだらう、処がこれが、考へて見ると木の枕でごろ/\転つて聞いてゐると言ふ様な人が多い。最後に、では一つ噺家になつて見やう、さうしたら何とか人にも知られる様な人間になれるだらうと考へ、その決心をしました。
扨てこれからが修業のお噺です。我々の若い時分は、遊ぶことでも何でも総て無駄にはせず出世をし度い/\といふ頭
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