ひました。動もすると、こいつ時勢がするんだとか何とか言ふやうなことを言つてますが、そりや人間やはり時勢に伴つて行かねばならないこともあるかも知れませんが、義理も人情も欠いてしまつてただ時勢に伴つてと言ふそんな自分勝手な理窟は私は無いと思ひます。
所で先づ昔の修業といふと、最初仮りに前座見習といふ役をして、それから始めて前座になれる。前申上げた通り前座は羽織を着ることも出来ない。絹物を着ることも出来ない。家へ帰つてはお召しの褞袍を着てゐても、楽屋入りする時はちやんと木綿の着物を着て、角帯を締めて白足袋を穿いたものです。今日は動ともすると紺足袋を穿いて高座へ上つてゐるけれど、昔は高座へは必ず白足袋を穿かしました。さうして、看板のあんどうに灯りのはいらない中に楽屋入りをして、外の看板の灯りがはいると一番といふ太鼓を入れ、そこへ下座が来ます。二つ目の噺家がはいつて来ると二つ目の噺家さんに「二番を入れたう御座いますからお手を拝借いたしたう御座います」と頼み、横柄な面をして出て来た二つ目の噺家に手伝つて貰つて二番目の太鼓を入れます。それから先づお茶を注いで、掛持ちをする人にずーつとお茶を出す、下座も手伝つて呉れます。
それから前座を勤め、あとは掛持をする人が羽織を脱げばそれを畳む、俥が来ると――その時分には小さい柳行李を持つて皆歩いてたもので其れに着替への羽織など皆這入つてゐる、それを木戸まで俥屋に渡しに持つて行きます。それから真打さんが上つて話し終つて今夜は俥屋を帰して了へ、俺は運動旁々家まで歩くなんていふ時には、どうしても其の師匠の供をして家迄行かなければなりません。さうして師匠を家に送り込んで、何か御用は御座いませんかと言つて用があればそれを足す。中には真打で酒呑みなんぞがあると、お膳立を手伝つて、そこで酒を飲んでゐるのを見てゐなければならぬ、杯はさしては呉れない、黙つて此方で酌をして上げる時に食つて居るものが実に旨さうだと思ふが、そんな顔もして見せる訳にはゆきません。終るとお膳を台所迄持つて行く、さうして愈々師匠の寝る時まで居て、師匠が休めば帰つて来ます。その時に、明日何時々々に用があるから早く来いと言はれれば、畏まりまして御座いますお寝みなさいましと言つて、それから自分の家迄歩いて帰り、茶漬けでも食つて寝てしまふ。言ひつけられた時間があるから、翌日は早く起き、師匠
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