をしやがつて、あんな者はかけなくつたつて品物は他に幾らもある」と言ふ訳でお断りです。芸よりお辞儀をしに来る芸人が可愛いのだ、災難なのは何も知らないお客様です。少し食ひ足りない者でも席亭にさへ気に入ればそれが真打になると言ふのぢや、お客さまが段々減つて来るのはこいつ当然の成行きです。段々寄席が衰亡すると言ふ声が高い様ですが、今言つた様な芸に対する根本の気持が改まらなくては、寄席は発達するものではありません。
 殊更に席亭さんが芸人にペコ/\お辞儀することを奨める訳ではないが、もつと席亭と芸人の間が親密になつて、芸そのものを尊重する様にしなければいけないと思ひます。
 昔は席亭にとつて其の芸人が嫌でも、お客様にさへ気に入られれば、その噺家を真打としてやつたものです。今は席亭第一、お客第二です。席亭の気に入られなけりや寄席営業には出られません。変れば変つたものです。

     ○

 昔の席亭はまた面白い気風を持つてゐました。現に牛込に藁店と言ふ寄席があります。是がやはり組頭さんが主人をしてゐて、どうも実にお客様が来たものです、先づ三百を欠けたことがないと言ふ位繁昌した。
 ところで当時上州に、上州円朝と綽名された世界坊一〇といふ噺家がありました。是れが円朝の人情噺ばかりをやる、それはどうも大した人気で、そこで上州円朝と言はれてゐました。此男旅で大層お客を取つたものですから、俺は旅で此れ位客がとれるのだから東京でもとれるだらうと思ひ、東京へ出て来た。そうして端席を打つてゐた所が、やはり何処へ行つてもお客が来る。さうするうちに藁店へ来る御常連が、世界坊一〇は大層客をとる、うまいものだつていふが頭かけて見ねえか、と席亭へ話しをしました。が主人は、どうも私の処ではさう言ふ品物はかけたくありませんと言つて断つたが、御常連が是非一度かけて見ろと言ふのでそれではと一〇の処へ話しに行きました。其の頃藁店の勢は大したものです。一〇の方でも大喜びで「是非お願ひします」と言ふのでかけて見ました。さて初日を出すとそれこそ満員客止です。終つて一〇が楽屋へ下りて来ますと、席亭は「師匠どうも御苦労でございました。どうかこれを一つ召上つて下さいまし」と言つてそば[#「そば」に傍点]を出しました。昔は千秋楽には「お目でたう御座います」と言つて必ずそば[#「そば」に傍点]を出方の所へ席亭から寄越したもの
前へ 次へ
全10ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
談洲楼 燕枝 二代 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング