鼓の音が聞えて來る。まだ明い青味のある空を見上げて、その音のする方角を確めながら、今夜は染羽ではじまるさうだ、とか、新丁だとかいふやうなことを話し合ふ。ビラが町の所々に貼り出されることもあるが、さうでなくとも町中にすぐ知れ渡つてしまふ。
 そゝくさと夕食を喰べると、私達子供はまだ暗くならないうちから踊りの場所へ出かける。それはお寺の境内のこともあるし、一寸した曲り角の廣場や、通りのまん中でやることもあつた。若い者が四五人でやけに太鼓をたゝいてゐる。まだ人が集らないのだ。間もなく咽喉自慢の男が、たいてい四十か五十の年配だつたが、臺の上に立つて、番傘をひろげて、片手にふるまひ酒の入つた茶碗を持つて、音頭をうたひはじめるのであつた。
 最初のうちはちよろちよろした七つだの八つ位の女の子達が鼻筋にお白粉をつけて、音頭臺のまはりをうろ覺えに踊つてゐるだけだ。暗くなると、どこからか顏をかくして誰だか判らない踊り手が、女だの男だの老人だのがぞろぞろと出て來る。その頃にはまはりは見物人で一杯になる。
 どういふわけか、私が物心ついた頃には變裝が盛んで男は女に化け、女は男の格好をするのがはやつた。股引に
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