「それは僕のですよ。もらつたんですよ」
「うるさい」と民さんが低く叱りつける。
「それ、僕のですよ。僕がもらつたんですよ。もらつたんですよ」
「うるさい」
「もらつたんですよ」
「うるさいつ」
「僕のですよ」
「うるさいつたら」
――。やがて、彼等も默つてしまふ。何の物音もしなくなる。ランプを消してしまつた家の中は眞暗だ。トタン屋根の上に小さい枯枝か何か落ちる音がする。僕は起きてゐる。起きてゐて、けふのひる間散歩に出て、林間の日だまりの草地に寢ころんでゐたとき、ふいに何とも知れず心が重くなり、永い間起き上れなかつたことを思ひ出す。何だらう、これらのものは。これら一切のものは。
底本:「現代日本文學全集79 十一谷義三郎 北條民雄 田畑修一郎 中島敦集」筑摩書房
1956(昭和31)年7月15日初版発行
初出:「早稲田文學」
1935(昭和10)年6月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「邊」は底本では、「穴」の一点目を欠いた「あみがしら」でつくってあります。これをJIS X 0213規格票「6.6.3.
前へ
次へ
全25ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング