々しく胸を打つた。意味はよく解らなかつたが、頭の中の物が右と左に引き離され、何か安心してゐられない気持だつた。
 ある夜、客が混んで、室が空くまで暫らくの間、二人の男が軍治達の居間に座をとつた。客の商人と、今一人は客を訪ねて来た町の人であつたが、酒を飲み、歌ひしてゐる中にだんだん乱れて来た。冬も夜更けであつたから、軍治は、眠くはあり、隅の炬燵《こたつ》で小さくなつてゐた。傍には蒔が寝てゐた。すると、客の一人は年老いた蒔の寝顔を眺め、卑猥なことを口にした。軍治は炬燵の上に頬を押しあて、眠つた振りをしてゐたのだつたが、かつと胸が熱くなり、起きなほつて男を睨みつけた。しかし、酔ひ痴れてゐる男は軍治が眼に入らないらしく、もう相手の客と何事か笑ひ興じてゐた。軍治は立つにも立てず、蒲団の下で炬燵の櫓《やぐら》をしつかりとつかみ乍ら、ぶるぶる小さい身体を顫はせた。
 その頃から軍治は来る客来る客に憎しみを覚え始めたのだつたが、それを幾にどう言つたらいゝものか解らなかつた。肩を張り廊下を踏み鳴らす客、傍若無人に女中を叱りつける客、それに対して、女中はもとより、幾も亦|唯々《ゐゝ》として言ふなりに動きま
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