へるほどしやんとなり、いそいそとして客の後になり先に立ちする様子を見ると、軍治はこれが幾の身についてゐるのではないかとも思はれ、又、この商売を楽しんでゐるのかも知れぬ、と疑ふのだつた。
 何時誰からともなく、幾のずつと前身は町端れの煮売屋で、他人からでも名前を呼び捨てにされてゐた、と聞き覚えてゐた。「小母さんは怜悧《りかう》な人だから、自家《うち》へ来れば他人から呼び捨てにされないと、ちやんと知つてゐたんですよ」と姉からも聞いたことはあるが、さう云ふ意味の事は遠縁の老婦も言つてゐたし、幾の家へ来てからも、台所で下働きをしてゐる話し好きな老婦が問はず語りに聞かせて呉れた。その時は、なにも特別な感情を与へはしなかつたが幾や蒔の様子に何か軍治の身体の底の方で喰ひ違ひ、時には歯の軋《きし》むやうな嫌らしさを起させる所があるのを感じたりするいまでは、それ等の智識が特別な意味で軍治の頭に蘇《よみが》へるのだつた。
 幾の手に引かれ、身の廻りの世話をして貰つた記憶はまざまざと今も残つてゐるのだが、その親身な感じで今の幾を見ると、これがあの幾だつたのか、と云ふ気がした。ここ数年間幾はたゞ客の方に気をとられてゐて、軍治の着物の世話などは全くの他人任せになつてゐたからよく寸法が狂ひ、仕立下しの着物が引きずるほど長かつたり、胴が窮屈で着られなかつたりした。
 客に怒鳴られ、平謝りに詫びてゐる幾を見、少しの落度もないやうにと忙しく走り廻つてゐる幾を見すると、軍治は自分が卑《いや》しめられてゐると感じた。それも重なり重なると、着の身着のまゝごろ寝して枕を外し、腕を伸し、大口を開けて鼾声を立てる幾の格好などが一々|厭《いと》はしく、嫌らしく、これは自分の母ではないぞ、と、軍治は心|密《ひそ》かに自分に言ひ聞かせるのだつたが、それにしても最早自分の身を寄せる所はこの幾より他にないと云ふ考へも湧き、じめじめと卑屈に客の顔色を窺つたりした後では、又しても癇癪を起し、何と言つたつてお前はこの俺を息子にして喜んでゐるのではないか、と口には出さないまでも、手荒にガタピシと障子襖を開け立てし、果ては幾に喰つて掛かつて、幾が逃げかゝると猶も追ひつめ、手こそ振上げなかつたが、狂ほしく声を限りにが鳴り立て、幾が堪りかねて、客に聞えるから、となだめにかゝると、客と此の自分とどつちが大事なんだ、と青くなつて足を踏み鳴
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