。害を与えない者には全然の無関心を示す。はじめのうちは、僕を遠くから見るようにしていたが、今は傍にいてもまるで気にとめない風で、僕の見ている前だと、平気で、喰物の桶なんかに手をつっこむ。それでいて、あたりをじつに警戒してさっとやるのだが。

 四十日近くいるうちに、僕はだんだん自分のことを忘れて行った。家からは妻の手紙が来て、早く帰ってもらわないと困る、と言ってきた。どの手紙にも、僕がどうしているかということはほとんど書いてなく、困るということだけが書いてあるので、今さらのようにあいつらしいと思った。だが、彼女も憐れむべきやつだと重ねて思った。僕も憐れむべきやつにちがいないが――。神着の檜垣からも手紙をよこした。
「貴兄にくらべると、僕の生活はまるで芝居をしているようなものです」とあった。それはたぶん、毎日村の青年たちを集めて喋っている、それを指すのだろうと思った。しかし、僕のだって芝居だ。どこまでほんとうなのか、ちっともわからない。いったい、おれは何をしてるんだ。何もありゃしないじゃないか。これはこれだけのもの、いくら騒いだってどうにもなりゃしない。眼をつむって歩くだけがほんとうだ、
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