バチがあたったんだろ」
 と、奥さんにからかわれて、民さんは悄気《しょげ》かえっていた。
 その民さんがある日ひどく怒っていた。どういうわけか知らない。牛小屋の方で奥さんと何か話していたが、いきなり、
「おれはかえる、ばか野郎。こんなところで誰が働いてやるもんか」
 と叫んで、後は「ぶるん、ぶるん」というような音を吐きだしながら、背負枠も牛の綱もそこらに放うりだして、その小柄な肩をすさまじくいからせながら、ちょうど僕は庭先きにいたが、こっちへは眼もくれずに小屋へ入って行った。奥さんは苦《に》が笑いをしていた。
 民さんと昌さんとは仲よしだとばっかり思っていたが、日がたつにつれそうでないことがわかった。時々、夜になってあたりの寝しずまったころ、ふいに庭の向うの小屋から、二人の争う声が聞えた。民さんが力ずくで昌さんを苛《いじ》めるらしい。何か揉《も》み合うような音も聞える。昌さんが「あーア、あーア」という引っ張った悲しげな声をたてる。昌さんは何かといえば、たとえば牛の綱を持たせられたりすると、よほど牛が恐いとみえてこの声をたてる。彼の唯一《ゆいいつ》の抗議のしかただし、また防禦でもあるらし
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