し、千人くらいを一つにした形容のできない厖大《ぼうだい》な顔のときもある。いちばん僕を苦しめたのは、これまで僕に親しく見慣れてもい、明瞭であったこと、物、すべてが確実でなくなり、ぼやけ、信じていい境と信じなくてもいい境とがいっしょくたになり、夢と覚めているときとの感覚が同じものになり、最後には自分の肉体感まで失われたこと、そして何より悪いことにはこれらの種々の混乱がその微細《びさい》な点から全体にいたるまでいちいち明瞭きわまること、それはかつて健康であったときに感じていた明瞭さとは全然性質を異にした、そいつに見舞われるといきなり叫び声を上げずにはいられないような、そんな明瞭さであった。
僕はすっかり疲れて、これから先き自分がどうなるだろうということさえ考える力を失っていた。僕はただ待っていた。何かやってくるだろうと。それが何だろうと、今までしかたがなかったと同じように、そいつに身を任かせるよりない。
新しい場所に移ってから天気は徐々に定まった。毎日温かい日がつづいた。もうどこを見てもいっぱいの若葉だった。僕のいるところは原地農場という、牛を七八頭飼っていて、バタをつくっている。家の
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