しそこいらを歩いてこようと言うので、部落の先きの方へ出かけた。僕はどこをどう歩いているのか少しもわからない。ただいちようにうす明い、暗がりのたくさんある部落の間を、一種興奮した心持で「タイメイ」さんについて行った。
 路々あのいきなり暗いところから現われてすっと通りぬけるような人影に会う。でも、いくらか慣れたせいで、僕にもそれが男か女かの区別くらいつくようになった。相手を見きわめるようにぬっと来るのは男で、女はたいてい音をたてないようにして前屈みに速く歩く。「タイメイ」さんは、擦れちがうのが男だとけっして近よらないが、女だと他の男がやるようにぬっと傍へよって行く。大部分は顔見知りとみえて何かしら話す。「タイメイ」さんはまるで僕のいるのを忘れたように忙しかった。そしてかならず「○○館に泊っていますからね、遊びにいらっしゃい」とつけ加えるのだった。
 とうとう部落外れのようなところへ出た。そこらはいくらか路が高手になっているせいかきゅうに月の光りがはっきりして見えた。桃の花が鮮かに咲いていた。戸を閉めきった、庭先きの地面だけがあかるい家の前へ来ると「タイメイ」さんは、ちょっと、と言いおいて
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