その方をやっていた。檜垣自身は専売局出張所の役人をやっていた。家のすぐ裏手に出張所の建物があって、檜垣はそこでいつも島の青年たちを集めて喋《しゃべ》ったりお茶をのんだりしていた。檜垣はむろんその中心なのだ。いろんな人がやってくる。近くのバタ製造所の技手、印半纒《しるしばんてん》を着た男、コール天のズボンをはいた男、などが通りがかりにひょっこり入ってきて、三十分も一時間も坐りこんで話してゆく。
「リュウさん」はその仲間の一人だが、しかし青年とは言えない。彼の息子二人のうち兄の方は無線電信の技手をやめて帰った男で、弟の方はこれも銀座の不二屋のボオイを七年もやっていたくらいで、息子二人も出張所へ来る仲間だが、父親の「リュウさん」もやはり仲間なのである。彼と息子たちとはほとんど似ていない。檜垣の話では、「リュウさんはあれで黒竜会の壮士だったんだ」という。しかしちっともそれらしくなくて、小柄で真黒で痩せて、ちょっと東京の裏店《うらだな》に住んでいる落ちぶれた骨董屋《こっとうや》というところだ。何かといえばうなずく癖がある。入ってくるとからそれをやる。「ウン、ウン、ウン」と聞えないくらいに言って、独特の微笑をして(そんなとき一皮の切れの長い眼がクシャクシャに小さくなる)その場にいる誰にもうなずいてみせる。自分が話す段になるともっと頻繁《ひんぱん》にやる。話に興がのると、あまりひどくうなずくので、彼の腰かけている椅子ががたついて、動くことがある。彼の腰かけている椅子ががたついて、滑り落ちそうになると、慌《あわ》てて居ずまいをなおして、椅子に深く腰をかけるが、すぐまたうなずきはじめる。それに咽喉がわるいのか、奇妙な咳《せき》をする。ちょうど鶏がトキをつくる際のけたたましさに似た、思いがけない疳高《かんだか》い声でやるのだ。どこにいても、それこそずいぶん遠くにいても、その咳で、「リュウさん」とわかるのだという。ちょうどその話をしていたとき、出張所の横手の路の先から咳が聞えて、「そら」と言っていると案の定「リュウさん」で、大笑いしたことがある。また、彼の話しっぷりそのものが、咳やうなずき工合と同じに突拍子もなくて、黒竜会の壮士だったというのも、いくらかそういうこともあったのだろうが、彼の話しぶりにも由来《ゆらい》しているのだろう。「リュウさん」と皆が言うので、僕は「竜さん」だと思いこん
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