ぐ判つた。部落に入つて間もなく、路傍に空地があつて古い酒樽が二つ三つころがつてゐたり、恐らく雨時にできたのだらう荷馬車の轍《わだち》の跡が深くいくつも切れこんだまゝ固まつてゐた。空地の奥には下部を石垣で築いた大きい酒庫の壁が上方に四角な切窓を並べて立つてゐた。空地からは爪先上りの地面がそのまゝ酒庫の横から屋敷の中につゞいて、その突きあたりには大きな材木を使つた酒造家らしい店間口が見えた。住居《すまひ》はそこから右手へかけての棟つゞきであるらしく、前面からは塀と樹木とのためによく見えないが、この地方特有の赤黒い釉薬《うはぐすり》をかけた屋根瓦のぎつしりした厚みがその上に覗いてゐた。
不案内なまゝに漠然と店土間の方へ向けて中庭を入つて行つた房一は、右手の塀の内側に一頭の馬がつながれてゐるのを見て思はず足をとめた。一瞥した瞬間場所柄荷馬車馬でもゐるのかと思つたのだが、よく見ると、それは鮮かな染色の黄羅紗の掛布の上にぴかぴかする乗馬用の革鞍が置いてあり、おまけに鹿毛の首筋から両脚にかけて汗が黒くしみ出てゐるところを見ては馬はたつた今さつきまでかなり駆けさせられたものらしい、四脚は軽くひきしま
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