場所が地上にたゞ空とこゝだけしかないといふ感じを起させた。あたりは名状しがたい明さが満ちあふれてゐた。立木の一本一本、点在する人家の白壁や荒土の壁には、まるであたりの明るさを際立たせようとするかのやうにくつきりと濃い形がついて、それは遠くになるだけ鋭くはつきりしてゐるやうであつた。そして、ぢつと見てゐると、その黒い影は黄ばんだ山の斜面に少しづつ動いて喰ひこんでゆくやうに思はれた。
それらのすべてを通じて何よりも房一の胸を強く打つたものはあたりに行きわたつてゐる静寂とそれを支へてゐる平和な気分であつた。それは見る人の心に微妙な落着きを与へそこに住みたいといふ気を起させ、更に、さう思ふだけですぐに自分の暮しの輪郭や断片などを魅力にみちたものとして想像させる、さういふ或る物だつた。現に、あまり空想家でもない房一の心に一瞬浮んだのはその気持だつた。
気がつくと、ふしぎな位人影がちつとも見えなかつた。よく乾いた路がのんびりとした曲り工合を見せて前方を走つてゐた。部落のとつつきの石垣の突き出た農家の先を曲ると急に家並びが見えて来た。
房一は昨夜の使ひの者から聞いてゐたので、目指す相沢の家はす
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