かたま》りのやうな若い医者に前もつてたゝみこまれてゐたさまざまな思案が頭をもたげた。この機会をのがしてはならないぞ、さう思ふのといつしよに房一は急に形をあらためた。
「何分ごらんの通りの未熟者でして――」
口を切つたものの房一は頭の中でとまどつてゐた。あんなに考へてゐた言葉が今急にどこかへ消えてしまひ、何を云ひ出したのか後をどう云つたものか判らなくなつてしまひさうに感じた。彼はかすかに汗ばみ、そのどちらかと云へば醜いむくれ上つた眉肉や厚い唇が力味を帯び紅ばんで来た。
「それに、永い間この土地をはなれてゐたもんですから、土地の事情にもすつかり疎《うと》くなりましてね、これは一つ、どうしても今後こちらのお力にすがらないことには立つていけないと思つてゐる次第ですが――」
「はあ、はあ」
正文は黙つて聞いてゐたが、このときふいに今まで前屈みに折りたゝんでゐた背をぐつと伸したやうに思はれた。そして、あの噛みつくやうな眼がぎろりと房一を一瞥した。
房一は無意識に微笑しながらその眼を迎へた。正文はそこに、医者といふよりはまだ世間慣れのしない弁護士のやうな男が、土饅頭を思はせるやうな円まつちい顔
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