つけた。
「まあ、のみなさい」
「買収ですかな」
いくらか浮《うは》つ調子に口の軽くなつた小谷にひきかへ、今夜の練吉は何となく元気がなかつた。細かいながらに絣《かすり》の目のはつきりした大島の上下揃ひを稍ぞんざいに着こみ、吃り気味に話をする彼には、だらりとした様子と同時に、どこか家風の結果といふやうな一脈の潔癖さが混交してゐた。
「あ、さう云へば」
と、房一は練吉の顔を見て思ひ出したらしく、
「昨日、君とこの奥さんがバスに乗るところを見かけたが、――」
「うむ」
突然、練吉の顔には一種の生気が、何となくもう一人の練吉といつた風なものを思はせる疳の気配、子供染みた我儘さが顔にさし、あのひつきりのない目瞬《またゝ》きが止んで、切れの長い目が眼鏡の奥でぢつと線を引いた。
「あいつも、君んとこと同じで、子供ができたらしいよ」
と、舌ざはりの悪いものでも口にしたやうな調子で、練吉はぽつんと云つた。
「ほう、さうか。それはちつとも知らなかつた」
「うん」
練吉はそれなり黙つた。
その様子で、房一は今は隠れもない大石家の内部のごたごたを思ひ出したので、いさゝか間が悪いと云つた顔をしてゐた
前へ
次へ
全281ページ中255ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田畑 修一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング