憎《あいにく》こはれて、満足なのは一つしかないんでね。あんまり淋しいからと云ふんで、こんな思ひつきをやらかしたらしいですがね」
京都で行はれる御即位の大典はもう四五日後に迫つてゐたのだつた。その日、陛下は黄櫨染《はぜぞめ》の御袍を召されて紫辰殿《ししいでん》に出御され、大隈首相は衣冠束帯で階前に進み出で万歳をとなへ、全国一斉に称和する予定で、その奉祝の催しでは河原町の各区内がそれぞれ知慧をしぼつてゐたのである。
そこへは、案内も乞はずに、小谷吾郎が気がるに裏口から入つて来た。
「やあ、来てますね」
と、入るや否や皆の前にひろげられた紙衣裳に目をつけた小谷は、ふだんよりもよけいきいきい声になつて愉快さうに云つた。この衣裳はその日の午前中に各戸に配られたのでどの家でも愉快な興奮をひき起したのである。町内の寄りでひよつと誰かが云ひ出したのは、もとより大隈首相をはじめ式典に参列する大官連の衣冠束帯からヒントを得たものであるが、結局紙製でといふことに話が落ちつくまでに、散々皆の頭をしぼり、賑かな笑声を立てたのである。が、実際に品物ができ上つてみると、想像してゐたよりもはるかに珍妙な仮装で
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