はトラホームばかりでなく、婆さんの頑固さにも対抗して、念入りに処置しなければならなかつた。さもないと、次の日から婆さんは通はなくなる恐れがあつたからである。
 で、この間に、いくらかそゝつかしいところのある、換言すれば、済んだことにはあまり気をとられない現実的な気質の房一は、たつた三十分前に盛子から聞いたときのあの驚きを忘れてゐた。一先づ用は片づいた。今日は別に往診もなかつた。で、かういふときの癖で、彼のあのはまり[#「はまり」に傍点]のいゝ廻転椅子に身体をうづめ、ぼんやりとした考へに落ちたのである。
 だが、あの感慨は、深まりかけていきなり出鼻を折られた感慨は房一の中に何かしら尾を引いて残つてゐた。それは人間の身体が静かになり温《あたたま》つて来ると動き出す虫のやうに、どつかでもぞもぞしはじめ、ひとりでに歩き出し、遂ひにあたりにひろがつて、知らぬまに房一の身心をすつぽりと包んでしまつた。――開業してから一年あまりになる! その一年目はもうとつくに、二月近くも前にいつとなく、こつそり過ぎてしまつた。それは、あの季節の曖昧な変化のためだつたらうか。それなら、房一はそのことを今日盛子に云は
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