他はないその手の皺の間に土の浸みこんだ日焼けのした兄弟達は、誰から云ひ聞かされたわけでもないのに自分に与へられた運命の限度を知つて日々を落ちついて暮してゐるあの楽天的な人達であつた。彼等は今房一の成功を恐らく当人以上に悦んでゐた。彼等にとつては房一はその唯一の代表者であつた。誰でも世間的な野心は持つてゐるものである。そのないやうに見える人達にあつても、それは眠らされて見えがたくなつてゐるか又は何らかの形に変形されてゐるものである。そして、この世間的な野心といふものも、実は生の根源力にほかならない。彼等のあきらめてゐたもの、若しくは自然にあきらめたと同じ結果になつたこの野心を房一の中に見た。それは房一のものでもあるが、同時に彼等のものだつた。今彼等は彼等自身の全部の希望をこめて、懸命に控目に房一を支持しようとしてゐた。その単純な幸福さうな輝きが房一の心を捕へた。
例の伯父はもう大分前から房一の気を引いてみてはゐたのだが、遠縁にあたる退職官吏の娘で盛子といふのを房一の妻として撰んで待ち設けてゐた。
かうして、房一の帰郷開業はその生涯を劃する大きな変化でもあつたが、同時にあの古風な河原町
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