止むを得ず知吉を入籍した。喜作は神原家にもどつて分家を継いだ。財産の譲渡はその時行はれたのである。だが知吉は入籍しても別に一戸を持ち、小学校の教師をしてゐた。やうやく章助の気が折れて、知吉は相沢家に迎へられたものの、章助との間がうまく行く筈はなかつた。先年章助が死歿するまで、知吉としては腹につもる不満をぢつと押へてゐたわけである。さういふ成行は、悪く解釈すれば、どんな扱ひをうけても相沢家の一人娘のあいを手中に握つて今日の日を待つてゐたと云ふことにもなりがちであつた。要するに、今日にいたるまで知吉の味方はあいの他には一人もなかつたといふことになる。さういふ知吉は、先代がそこの出である神原家に対しても分家の喜作に対しても快く思ふ筈はなかつた。弁護士にはなれなかつたにしても、知吉には法律の知識があつた。鍵屋の側から云へば苦手だつたかもしれない。どんな風にして知吉が鍵屋へ交渉をはじめたか知る由もないが、隠居の直造はそれ以来知吉を三百代言のやうに忌《い》み嫌つてゐた。相沢と鍵屋とは絶縁同様だつた。
――房一がさういふことを耳にしたのはごく最近である。しかし、いづれにしても房一には直接関係のない
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