よ。足袋を先きにはくのよ」
「うん、うん。あ、さうだ、顔を一寸洗はなくちや」
上下のシャツだけといふ奇妙な恰好で房一が台所に降りかけた時、はじめて彼はそこに誰か立つてゐるのに気づいた。
黒い影はぴよこりとお辞儀をした。それから台所から射す光りの中に全身を現すと、それを眩しがつてゐるとも照れたとも見える表情を浮べながら近づいた。
「やあ、君か」
徳次は口のあたりをもごもごさせた。
「これから又お出掛けかね」
「さうだ、鍵屋の法事へ行くんでね。さつきは、君にさう云ふのを忘れてゐたが――まあ、上りたまへ」
徳次は房一が顔を洗ふ間傍に立つて眺めてゐた。それからふいに訊いた。
「あんたは鮒をたべなさるかね」
「鮒?――それあ喰べるとも」
徳次は笊を差出した。
「あれから――あんたに鮒をとつて上げようと思つて、今さつきまで淵に附いとつたんだが、たつたこれつぽちきり獲れなくてね。上げるといふほどの物ぢやないけんど――」
それは一尺近い美事な鮒だつた。だが、三匹きりなかつた。いかにも少いと徳次は路々思つて来た。さう思ふと、この鮒が本当よりもずつとちつぽけにさへ見えて来たのである。
「ありが
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