こみ入つた枝をまだ明みの多少残つてゐる中空に張つてゐた。静かだつた。そして、何もすることがなかつた。右手の方には、つけ放しのまゝになつてゐる台所の電燈が戸口から斜めに、風呂場へ通じる三和土《たたき》の上に一種きは立つた明さで流れてゐた。そこだけが不思議と生き生きして見えた。そして、その明りは突きあたりの風呂場の煤《すゝ》けた壁にうすぼんやりと反映し、その横手の納屋の軒先を浮かばせ、他はたゞ暗い外気の中にぼやけ遠のいてゐた。
 ふいに冷気が盛子の咽喉もとから胸の中へしみこんだ。その時、夢の中でよくつかめないながらも何か急に閃《ひらめ》き過ぎる考へのやうに、これが結婚といふものか、これが仕合せといふものか、といふ思ひがどこからともなくやつて来た。しかもそれは考へた瞬間にさつと身をひるがへして去り、だが印象だけは強くのこる、あの微妙な閃きだつた。
 今まで曾《か》つてそんなことを考へたことはなかつた。いや、今の瞬間だつて考へたとは云へまい。たゞ、それは閃いて、捉へにくい影を落して通り去つただけだつた。――盛子は退職官吏の切りつめた地味な家庭で、ありきたりの厳しい、だが単純な躾《しつけ》を受け
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